20 4 / 2012
低コンテクスト化していく日本
アメリカの文化人類学者エドワード・T.ホールが
「高コンテクスト文化と低コンテクスト文化」と言って久しい。
高コンテクスト文化の代表が日本で、
「お互いに深い人間関係で結ばれて、
情報は広くメンバー間で共有され、
単純なメッセージでも深い意味を用いる文化」
大雑把に言えば、そういうことになる。
高コンテクストの場合、コミュニケーションの大前提となる
コンテクストが共有されているから、言葉にせずとも伝わる
部分が多くなる。
言い換えれば、言葉が省略されていても、
こちらの意図していることが伝わる。
阿吽の呼吸とはその究極ということか。
でも、今はどうなんだろう?
ちゃんと言葉にしないと伝わらない。
何が言いたいかわからない。
そんなことが往々にある。
いや、昔からあったのかもしれないけれど
その差が激しく感じる。
それは、コンテクストの共有という大前提が崩れている
からで、だからこそ、逆にコミュニケーションにおける
コンテクストの重要性が問われているように思う。
時空間の枠がとっぱらわれ、トリブ化した世界では
大前提は狭い中で限定され、違う相手とは
コミュニケーションの共通前提を持たない。
その前提なしの取っ払った世間での会話。
その会話は口頭ではなく、活字。
そして限られた文量。
だからtwitterなんかはコンテクストが形成しづらい。
コンテクストが共有されないから、突如現れた人から
揶揄される。
日本人は低コンテクストに慣れていない。
コンテクストが共有されていることを前提に話ちゃうから
(書き込んじゃうから)、誤解が生じやすい。
これまで以上に「言語」を定義していかないと
コミュニケーションは成立していかないように思うし、
今まで以上に「コンテクスト」を重視する必要が
あるように思う。
27 3 / 2012
記憶について
最近、考えているのは「記憶」についてです。
記憶っていう概念が変化してきたよなと。
記憶装置は人間の脳から拡張して
肉体からは分離されている状況で、
脳に記憶する必要性がなくなって
きているのは確かで。
(記録は必要かもしれないけれど)
ジェラルド・ザルトマン著「心脳マーケティング」には
記憶について、このように書いてあります。
「記憶は、すでに現像された写真をみるようなものではなく、
思い出すたびに再生されるものとしてとらえる必要がある」
この言葉を目にしてから、もう7年近くの月日が経っていますが、
まだまだ引っかかっているんですよね。記憶ってなんなんだろうと。
でも、実感しているのは広告やマーケティングには
ストーリー以前の事柄が重要になって、
それが記憶外部拡張装置が便利になればなるほど、
顕著になっていくように思うのです。
まだまだ答えはでないようです。
07 3 / 2012
思い通りにいかない時
新たなことにチャレンジしていると、
思い通りにならないことが増えます。
ましてや、今までとは違う人との環境のなか、
それは当然なことだと思います。
当然なこと。
それをいま、認めているから
そう書けるのですが、当然だと
自分が思えるまでには葛藤が続きます。
「どうしてわかってもらえないのだろう」
「なんで認めてもらえないんだろう」
気がつけば、相手にばかり求めて
自分のことはどこか置き去りにしてしまいがちです。
こういうとき、難しく、苦しいことですが、
まずは自分を変化させるしかないんだと思います。
自分を変化させることは、年を重ねると難しくなります。
でも、自分の変化なしに相手が変わることはないんですよね。
嫌だったら、その輪から出ればいいし、
自分に関係ないと思って無視するのは楽な話です。
僕もそう考えがちですが、それでは自分を成長させることを
自ら放棄させているようなものだと、ここに来て感じるのです。
自分を認めてくれる人の声は確かに心地良いですが、
今は、僕よりも実力が上の人と接して、学びを得て
さらに成長させたいと思います。
そうでないと、数あるプランナーの中で無名な僕を選んで
くださっているクライアントに申し訳が立たない。
彼らだって、もっと有名で実力あるプランナーと
組みたいだろうに、もっと話題がでる人と一緒に仕事したい
だろうって思ってますから。
そのためには自ら、厳しい環境に身を置く。
思い通りにはいかないですが、その環境を笑って楽しめる
自分でいたいと思います。
16 2 / 2012
昨日の日経夕刊。俵万智さん。
俵万智さん。僕にとってはサラダ記念日。
そして福井県育ち。兄と同じ年。など、
いつでもってことはないですが、時折、気になる人です。
昨日の日経夕刊の記事もそうです。
同感というより、言いたいことわかるわーってな感じです。
俵万智さん。石垣島に引っ越したんですね。
それは知らなかったですが、タイトルは
「私、運転できません」
運動音痴、機械音痴、方向音痴で、
大学在学中に福井で免許を取得。
「・・・東京では、運転するなよ」。
と先生に小声で囁かれ、その後も一度もハンドルを握らず、
10年ぐらいの免許更新の後、邪魔臭くなって失効。
そんな俵さんも、石垣島に引っ越してからは
それを後悔したとか。
市街地まで来るまで30分。店も近くに無く、
1回のタクシーで5000円もかかり、
今では、近所の人が出かけるときに、
一緒に乗せていってもらうらしい。
それが噂で広まったのか、今では
電話をしなくても、みんなが気にかけてくれて
送り迎えをしてもらっているようです。
まあ、ここまでの話なら、迷惑なことだなーで
終わってしまうのですが、この後からが良く、
さすが、俵万智さんです。
「車は密室。だから個人的な話も弾むし、ほどよい
親しさが湧き上がる空間」
「自分がこんなにも地域の人たちと仲良くなれたのは、
運転できなかったおかげに違いない」
で、ここがらが秀逸。
先日会った教育関係者の方の言葉。
「最近では、家族同士でも、甘えられないという傾向が強い。
両親に心配かけたくない子どもに弱みを見せたくない親とか」
この言葉から
「自分が弱っているときや困っているときは、思いきって
人の助けを求めることも必要なのではないだろうか?」
と結び、
「石垣島で助けてほしいと心から思ったし、
助けてもらって心から感謝している。
そしてそこで生まれた人との
つながりが、今の大きな支えだ」
と結んでいます。
もちろん文章の運びが秀逸なのは、間違いないのですが、
僕が1番、凄いと思ったのは、この教育関係者の言葉です。
その言葉から俵さんが、世間のあり方、心の持ちようを
見出している所です。
僕はここ10年ぐらい、大学生や高校生の取材をしているのですが、
常々、人には、「最近の子供は大人」だと言っています。
これが最も薄いと感じていたのは、今の25歳〜29歳ぐらいの
世代で、今の22-24歳もその傾向が少しありますが、
特に今の10代は、大人な子供が多いです。
それを僕は誇らしいこと、将来の日本は有望だと
感じていた所でしたが、それがどういう背景からそうなって
きているのか、この教育関係者の言葉からわかるように思うのです。
僕が彼らを大人と感じているのは、ひと言でいえば、
甘えていないことです。自立心がある。
言葉一つもしっかりしています。
ただ、それが強くなりすぎると、ここで言う
「助けを求められない」「弱みを見せたくない」ってなります。
これが強くなりすぎると、助け合わない世の中に
なってしまうのかなと、俵万智さんの文章を読んで
感じました。
僕は、「助けを求められる」「助け合える」そういう世の中が
良いですし、そのための国であり都道府県であり、
市町村であってほしいと思います。
一方で、これが石垣島だから、助けてもらえてるんじゃないかとか
東京じゃ無理でしょうよとか、思ってしまう、ひねくれた気持ちも
同居しています。
困った人がいれば、助ける。
そういう自分でありたいと思いますし、
そういう世間であって欲しいと思います。
09 1 / 2012
「根に還る」南木佳士さん
昨日、1月8日の日経新聞32面に
南木佳士さんの「根に還る」という文章が
心に残ったので、ここに。
医師であり、芥川賞作家であり、
その程度しか知り得てなかったのですが、
今回の新聞記事を読み、またネットで調べてみると、
いろんな苦労もおありになったのだと改めて感じました。
だからでしょうか?
なにか、南木さんの言葉には、心に響くものがありました。
所々に散りばめられた「根」という言葉。
3歳の時に実の母と死に別れ、育ての親ともいえる祖母を思い出し、
いまは廃屋になっている生家の農具置き場から熊の手を持ち出し、
落葉を寄せいるシーンでの
「こいつらの仲間になって根に還るのだなあ、との想い」
一度は丁重に断った編集者からの依頼をうけ、
自薦短編小説を選んだシーンでの
「『わたし』の根に直結する地味な作品だけを十篇拾い上げてた」
タイトル以上に文中に出てくる「根」という言葉は、
南木さん自身の心を強く映し出している感じがしました。
そして過去を思い出す、またねぎらう、そのキーワードなのかなと。
そして最後の方に書かれたフレーズが、僕の心と脳にズバっと
入り込んだのは、そこに僕自身が見えたから。
「落ちた葉が正しく根に還るためにまず必要なのは、
落ちたという事実をきちんと認識することだよな、」
僕もそういう生き方をしたいなと思いました。
02 1 / 2012
筆で文字を書く
2012年が始まりました。
今年は東京で年末年始を過ごしています。
ここで新年を迎えるのは、もちろん人生で初めてです。
今日は、久しぶりに筆をとり、文字を書きました。
手書きというのは、大変ですね。
一文字、間違えたら書き直しです。
途中、電話など入ると、呼吸が乱れるからか
文字もそのまま乱れます。
そして、相手を脳で感じ、心で思い、
一気に書きあげないと流れが
途中で止まってしまい、良くないものです。
縦書きっていうのも、あるかもしれません。
縦書きは流れが必要ですよね。
そして日本語というもの、
やはり縦書きが書きやすいのだとも
改めて思いました。
ほんと久しぶりすぎて、頭も疲れ、
情けないですが、手も痛いです。
今年は、1人でも多くの人に手紙を書きたいですね。
そんなことを思った2012年の元旦です。
とりとめのない文章ですが、
お正月ということでお許しを。
今年も宜しくお願いします。
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22 12 / 2011
ものづくりに適した所。北陸人の気質。
先週は、東京を離れ、ジプシー生活でした。
15日から福井に入り、16日にそのまま福井でCM撮影、
同日、金沢へ移動して、撮影。
ぶっ続け25時間30分の撮影でした。
僕が携わる、TVCMや動画系の撮影は
福井や金沢で撮影することが多いです。
地元が福井で、金沢に4年いたということも
ありますが、それよりも、
そこにいる制作スタッフの
物づくりに対する執念みたいなもの、
その気質に惚れ込んでいるからです。
ちょっと違う話に聞こえるかもしれませんが、
福井は眼鏡が有名です。
越前和紙もありますね。
農家も多く、米づくりもさかんです。
石川には、九谷焼、加賀友禅などの
伝統工芸もあります。
そういった、ものづくり気質というのでしょうか?
あの地域で育ち、制作の仕事をしている人には
なんだか、そういう持って生まれたもの、
自然とその中で身に付いたものがあるんだと思います。
それが、どうも他の地域の制作メンバーとは違う。
そんな気がするのです。
あと、あの厳しい気候環境。
今回の撮影も当たり前のように雪が降ってましたが、
彼らからすれば、それが当然、
外での撮影もありましたが、一瞬の晴れ間をみて、
寒空のもと、一気に撮影しました。
その環境や風土の中で育ってきた彼らです。
彼らには、ものづくりに大切な、粘り強さや
執念みたいなものが備わっていて、
いつも、外からは、凄いと言われています。
(彼らにとっては至極当然な振る舞いなのですが)
そういうものが、やはり伝わってくるのです。
その象徴とまでは言いませんが、今回も
翌朝の5時頃に、僕もディレクターもOKを出した
カットがあったのですが、CDが「電源が少し曲がっていた」と
言い出し、映像も一瞬だし、まあ、いいだろうと思ったのですが、
彼が言ったひと言が、なんとも嬉しかったです。
「電源も含めて商品ですよ。撮り直しするのが当たり前」
そう、当たり前なんですけど、その当たり前を、
スルーさせない所に、彼らの良さがあります。
創る側に、このこだわりがなくなったら、ダメなんですよね。
神は細部に宿ります。恐らく、この細部へのこだわりが
全体のクオリティの高さを引き出してくれると思います。
こんな、いいメンバーと大事なクライアントさんの仕事ができて
僕は幸せだと思っています。
21 12 / 2011
人間万事塞翁が馬「やりたくないこと」を「やってきて」良かった
41歳も、あと1ヶ月足らずで終わり。
人生を振り返るのは早すぎますが、
今日、電車の中で考えていたことを書きます。
「やりたいことをやる」
これも大変なことだと思いますし、
「やりたくないことをやる」
それも人生だと思います。
僕の場合、恐らく後者に近く、
またそれが良かったという思いを持っています。
中学のとき、バンドでギターをやりたかったのですが、
僕よりうまいのがいたのと、どうもFのコードがうまく
いかないのとあって、ドラムを選びました。
ドラムってセットをそろえるの大変だし
だいたいうるさくて練習できないし、
あれだけはやるまいって思っていましたが、
ドラムを選びました。
でも、それが良かった。
おかげで中高と上手なメンバーとバンドができたし、
大学に行っても、LIVEができたり、CDが出せたり。
もしドラマーじゃなかったら、僕にはその縁が
なかったと思います。
社会人になっても、本当は雑誌の編集やTVCMの
制作をしたかったんですね。
まさか、1番やりたくなかった営業をやるとは
思っていませんでした。
飛び込み営業もとても苦しかったし。
「お前んどこで昔、広告、出したけど、
なんも反応なかったわ」
と、僕が担当する前の話なのに、
名刺を何枚も目の前で捨てられたりしました。
でも、それが良かった。
粘り強さも生まれてきたし、人見知りの僕が、
多くの経営者と出会うことができ、
その苦労話を聞いたり、現場の方々や、
ユーザーと話をするのが日課となり、
そこから広告制作やマーケティングのお手伝いをする
今のスタイルが生まれました。
僕は35歳くらいまでは、嫌なことでも、やりたくないことでも、
石の上にも3年、じっくりやろうって思っていました。
たとえ、それが本意でなくても、
「ああ、自分はこんなこともできるのだ」
と、意外な自分に出合ったり、そういう瞬間が嬉しかったり、
そういうものが全部、糧となっていって、今の自分をつくって
いるのだと思うのです。
だから、人間万事塞翁が馬。
何が自分のためになるのか、その結果がどうなるのか、
そんなのわからないって思っています。
自分の了見の狭さで、「やりたいこと」「やりたくないこと」と
区別するより、一端、人の言われた、また命じられた、
フィールドで、やってみるというのも、
苦しいですが、いいものです。
若いなら、なおさら。
やりたくないこと、嫌なことをやってみるって
いうのも、日々、充実しますよ。
そう言えるようになったのも、そうやって生きてきて
少しずつ年を重ねたからでしょうか?
僕の人生、年々、間違いなく、良くなってきています。
それは、また、周りの人のおかげだとも思っています。
そういう環境に、ただ、ただ、感謝する次第です。
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29 11 / 2011
本物の音
僕は、「耳が良い」と人から言われます。
そうです、地獄耳です。いや、そうではなくて・・
確かに耳は良い方だと思います。
また音楽でバンドやPAの経験があるからか
細かい音も聞き分けることができます。
例えば、音楽をやっていた当時なら
ドラムはどこのメーカーで、
ヘッド(打面のかわ)がどこで、
スティックがどこのメーカーで、
マイクは何を使ってなど、
その違いがわかるぐらいでした。
音楽から離れて20年近くになりますが、
いまだにライブに行くとそういった音が気になります。
音には、本物の音があるように思います。
本物の音とはなにか?
例えば先ほどの楽器であれば、
その楽器の調子の良さ、悪さを理解している。
鳴り方(響き方)を理解している。
楽器を愛していて、大切にしている
めちゃくちゃ練習しているなど・・
本物の音は、その調子がどうであれ、
その人の脳と心に響きます。
聴く相手の心に奏でるのです。
それは何も音楽や楽器に限った話ではありません。
例えば、野球場で聞く木製のバットと硬球の
ぶつかる音。そこには投手と打者の魂のぶつかり合い
みたいなものを感じます。
その空気や音は、決してTVではわからず、
またヘッドホーンを通してはわからず、
ライブに行く、球場へ足を運ぶ、
その会場が1つになった所にあります。
本物の音に触れたそして振れたとき、
魂は揺さぶられる。
そういうものだと思います。
21 11 / 2011
岩瀬のストレート。秋山監督の涙。
若い頃に先輩から、
「お客様の前で、野球と政治、どちらも話をしてはならない」
と教えられたことがあります。
理由はご承知のように「話が分かれてしまうから」というものです。
だからめったにしないのですが、
まあ、今日ぐらいは話がしたいです。
僕は野球が好きです。
どこかのチームが好きというより選手が好きです。
昔であれば、王さんが好きでしたし、
例えばピッチャーだったら新浦、
中日のデービス、阪神のブリーデン、
広島は外木場、大洋は長崎、
南海は山内、阪急は松永など
まあ、いろんな選手が好きでした。
今回の日本シリーズ、久々のリーグ戦トップ同士、
見応えがありました。
落合監督が辞めるということもあって
それも話題ではありましたが、
僕が印象に残ったのは・・・
まずは、最後の岩瀬の内角ストレートです。
谷繁のサインに首をふり、ズバッと。
粘られてましたけどね、魂がこもってました。
谷繁はわざと首を振らせるって言ってましたが
最後の球は岩瀬の意思だったと思います。
落合監督最後にふさわしい、最高の球でした。
そして、秋山監督の涙。
これは意外でした。
確かに引退試合でも軽く涙を流すのですが、
昨日は、はっきり泣いてました。
いつもひょーひょーとしているように
見えた秋山監督でしたが、やはり重圧だったんだなと。
僕が秋山さんを好きなのは、ダイエーに来た時からです。
確か前年は最下位だったんですよね。そこに秋山さんは来たんです。
あの時は根本さんがいた。
根本さんがこのホークスを強くしたんですよね。
かつて西武を強くしたように。
チームはダイエーからソフトバンクになりましたが、
僕は昨日の日本一は、根本さんや、中内オーナー、
そして王さん、孫さんの魂が全部、乗っかってみえました。
それが秋山監督の涙なんじゃないかと。
そして3.11のことにインタビューで触れたとき、
(ここでテレビは切れるんだけど)
その重圧さえもあったんだなと思いました。
僕は落合さんも大好きなんですが、
日本シリーズ前のゴタゴタというか、
そういうフロントも含めたチーム一体感の魂が
中日という球団にはなかった。
それが残念でなりません。
開幕戦のピッチャー川崎憲次郎。
日本シリーズ山本昌を変えなかったこと。
そして昨日の浅尾vs内川対戦前の笑顔。
落合監督は凄いなと思います。
とてもいい日本シリーズでした。
野球が好きで良かったです。